a big fish in a small pond

ロードバイク、rails 、料理、写真、ガシェットでお送りします。

アマチュア写真は「機材2:人8」

今年の目標は「表現力を磨く」です。
今後の時代は、いいものを作るだけではなく、
いいものを、いいものと表現していく、
いや、表現していかねばならない時代だと考えています。


表現力といっても、文章を書く力、話す力、他人に伝わる
全ての要素、まとめてしまえば自らの一挙一動が全て表現力につながりますよね。
当然やるべき事を意識せずとも実行できるように、
習慣づけを今年1年の目標として、来年からはライフワークとして
一生涯続けれる行動パターンの基礎を作っていくのが目標です。


今年の重点項目は3点。
・写真
・プレゼンテーション
・話し方


まずは写真。
思い出の残し方に後悔したくないと、中古の一眼レフを購入したのは3年前。
自分が思うがままに写真を撮り続けてきました。
石の上にも3年、さあそろそろ写真の腕も上がってきただろう...と思い立ち、
いざ写真を元に農業や野菜のホームページを作ろうとすると...

使える写真が殆どないんですよ。写真が暗かったり、白がかっていたり、
写真が薄っぺらいというかなんというか。
一見普通に取れているものでも、写真についてアレコレ言える知識がなくても、
私のセンスが「これじゃダメ」だとアラートを鳴らしているのですよ。

私のセンスの悪さは折り紙つき。買うもの何でも機能美優先。
機能美とはよく表現されたもので、結局無骨なものしか周りに有りません。

その私のセンスをもってしてもダメというのは、相当ダメなレベルに私の写真はあるということ。

このままじゃまずいと原因を追求して、
ああ、機材がダメなんだという結論に行きかけました。
価格.comなどWebでのレビューを見ると、高いレンズは軒並み美辞麗句のオンパレード。
やっぱり高いレンズほど良い写真が取れるんだ、という確信になりかけました。
作例などを見ても私の写真とは全然違う。素晴らしい写真が並ぶ。はっと息を飲むような写真。

しかし、高いレンズは本当に高いのです。私の一眼レフはPENTAXでコストパフォーマンス抜群という評価をもらうメーカですが、
それでも欲しい星つきのスターレンズは10万越え。他のメーカー、キヤノンになると20万、30万。Nikonとなると100万...車よりも高いのか。

結局しばらくしてから、上手くいかない責任を道具や環境に求めるのは人間の弱いところだし、まず良い道具を追い求めるのは3流5流の発想だと気づきました。
つまり私は3流、いや5流。道具1流、腕5流、これは恥ずかしい。
例えば、私が非常に評価も値段も高いレンズ、熟練したハイアマチュアレベルの方がエントリーモデルの同じ画角のレンズを持って、
一緒に山登りをして写真を撮ったとする。絶対に私は自己嫌悪する写真しか取れない。
競馬は「馬7人3」というが、アマチュア写真の領域は「機材2人8」。いやもっとかも。
私は見る人に「良い写真」と唸らせるポイントを全然掴んでいないから。これが大きい。
適当な写真だけ撮っておしまい。全然頭を使っていない。

自己批判をしつつ高級レンズの未練を断ち切る為に1ヶ月程彷徨い、たどり着いたのがこの記事
「汝無駄金を使うことなかれ。安レンズのススメ。」
http://ganref.jp/m/s_sawada/reviews_and_diaries/review/1101

ホントそうです。書いてある通りです。高いレンズはあくまで絶対性能が高いのであって、
使う人の低いスキルをカバーしてくれるものではないのです。まったく。なんで気付かなかったのだ...
特に的を得た指摘だな、と思ったのはこの節。
「僕は『階調再現性はDA★50-135mmが圧倒的に上回っていることがわかる』とまで書かれているのにどこが上回っているのかサッパリわからないですもん。でも2倍どころじゃない価格差と重量差はしっかりわかります。」

多分これは交換レンズに限った話じゃないと思う。そうやって世の中、皆お金をドブに捨ててしまう。
「自己満足を満たす為だからいいじゃないか、ほっといてくれ」という方々で世の中は回る。


...私と人間がダメになる一丁目に足を踏みかけた瞬間でしたが、なんとか踏みとどまる事が出来た。
いま主力の交換レンズ
標準ズーム:SP AF28-75mmF/2.8 XR Di LD Aspherical(A09)
望遠ズーム:PENTAX DA50-200mmF4-5.6 ED
単焦点PENTAX FA35mm F2AL FA35F2

これで十分に私の用途は事足りてしまう。
これを擦り切れる程使うのがまず第一。


ではでは